セックスなんか要らなければ、人生はもっと簡単だった。|なぜ私たちは、こんなにもセックスに振り回されるのか。【第1章/全5章】

セックスなんか要らなければ人生はもっと簡単だったと考える、東京の夜を歩く30代女性
なぜ私たちは、こんなにもセックスに振り回されるのか。|全5章
CHAPTER 01 / 05

セックスなんか要らなければ、
人生はもっと簡単だった。

なぜ、ほんの短い出来事が、
私たちの心をこんなにも長く動かすのだろう。

食べたい。 眠りたい。 休みたい。

こういう欲求なら、私たちはそれほど身構えずに口にできます。

けれど、「セックスしたい。」

たったそれだけの言葉になると、少し事情が変わります。

誰かを好きなのか。 寂しいのか。 恋人が欲しいのか。 満たされていないのか。

ただ身体に生まれた欲望であるはずなのに、その周囲には、ずいぶんたくさんの意味が集まってきます。

でも、本当はもっと素朴な気持ちであってもいいのかもしれません。

寂しくなくても、セックスしたいことはある。
生活に不満がなくても、誰かの身体を求める夜はある。

そんな気持ちを、急いで別の名前へ言い換えなくてもいいのだと思います。

01

セックスなんか要らなければ、
もっと楽だった?

少し不思議な想像をしてみます。

もし、人間から 「セックスしたい」 という欲望だけが消えたら。

恋愛そのものが消えるわけではありません。誰かを愛することも、寄り添うことも、抱きしめることもできる。

けれど、人生のかなりの部分は、今より単純になるのではないでしょうか。

01誰かに会うために服を選ぶ。
02鏡の前で髪を整える。
03メッセージが来ていないかスマートフォンを見る。

「今夜は、何か起きるのだろうか」

そんなことを考えながら、まだ起きてもいない出来事に胸を少しだけ弾ませる。

セックスを求めなければ必要のなかった遠回りを、人間は驚くほどたくさんしています。

そして、その遠回りが、ときには妙に美しかったりもします。

まだ何も起きていない夜にセックスを想像しながら外出の準備をする30代女性
まだ何も起きていない。それでも、セックスを想像した瞬間から、いつもの夜が少し違って見える。
02

セックスしている時間は、
人生の中では驚くほど短い

ここで、さらに奇妙なことがあります。

人間が実際にセックスしている時間は、人生全体から見れば、ほんのわずかです。

オーガズムに至っては、さらに短い。

それなのに私たちは、その短い出来事のために、ずいぶん長い時間を使います。

想像する → 期待する → 迷う → 思い出す

会う前から想像する。相手の言葉を思い返す。期待する。迷う。ときには断られて傷つく。

そして、終わったあとにも思い出す。

一人で身体の快感を得ることなら、オナニーという方法もあります。

それでも人は、ときどき「一人ではないセックス」を求めます。

このことを考えると、セックスとは単に、身体に快感を起こす行為ではないように思えてきます。

セックスという短い出来事と長く続く心の時間を手帳の予定から見つめる30代女性
セックスは一瞬。それでも、その一瞬を想像している時間は、もっと長い。
03

私たちは「まだ起きていないセックス」にも、
心を動かされる

考えてみれば、これは少し不思議です。

セックスは、まだ始まっていない。

触れてもいない。 キスもしていない。 服を脱いでもいない。

「もしかしたら今夜、セックスするかもしれない」

そう思っただけで、心はすでに動き始めることがあります。

香水を選ぶこと。少し丁寧に服を選ぶこと。待ち合わせへ向かう電車の時間。

まだ存在していない未来の出来事が、現在の気分を変えている。

人間は実際のセックスだけではなく、「セックスの可能性」にも心を動かされる生き物なのかもしれません。

QUESTION

私たちが欲しいのは、
本当にセックスそのものなのでしょうか。

04

「セックスしたい」の中には、
何が入っているのだろう

身体の快感
オーガズム
体温
抱擁
求めること
求められること
解放
自分の身体

身体の快感が欲しい。オーガズムを感じたい。誰かの体温に触れたい。抱きしめられたい。

自分も誰かを求めたい。誰かから「あなたがいい」と思われたい。

あるいは、仕事や役割や予定からほんの少し離れて、ただ一人の女性として身体を感じたい。

どれか一つだけかもしれません。いくつかが、静かに重なっているのかもしれません。

「セックスしたい」という言葉は、
実はとても大きな言葉なのではないか。

そこには、身体だけでは収まりきらない気持ちが入っている。

もちろん、セックスをそれほど必要としない人もいます。それも、とても自然なことです。

だからこそ面白い。強く求める人がいて、ほとんど求めない人もいる。同じ人でも、欲しい夜と欲しくない夜がある。

人間の性欲は、どうしてこれほど一定ではないのでしょう。

05

「寂しい」ではなく、
今日はセックスがしたい

「セックスしたい」と思ったとき、必ずしも理由を探さなくてもいいのではないでしょうか。

寂しいから。 愛されていないから。 満たされていないから。

そんな説明が当てはまる日もあるでしょう。

けれど、何も不足していない夜に、ただ身体の奥から欲望が現れることだってある。

寂しさではなく自分の性的欲望としてセックスしたい気持ちを静かに認める30代女性
「寂しい」ではなく、今日はセックスがしたい。欲望には、必ずしも別の理由が必要なわけではない。

AND YET, IT STAYS WITH US.

たった一瞬なのに、
人生のずいぶん遠くまで入り込んでくる

セックスは短い。

オーガズムは、もっと短い。

それなのに、その一瞬を求める気持ちは、ときに何時間も、何日も、もっと長く心の中に残ります。

恋愛を始めることもある。関係を終わらせることもある。セックスレスに悩むこともある。会ってはいけないと思う人に会いたくなることもある。

ほんの短い身体の出来事が、人生のずいぶん遠くまで入り込んでくる。

だとすれば――

私たちを振り回しているのは、
セックスそのものではないのかもしれません。
「セックスしたい」と思っている時間。 まだ起きていないセックスを想像している時間。

そちらのほうが、ずっと長いのではないでしょうか。

では、なぜ人間の心は、まだ手に入れてもいない快感を、こんなにも長く追いかけられるのでしょう。

そして、オーガズムが一瞬で終わることを知っているのに、なぜまたセックスを求めるのでしょう。

NEXT CHAPTER
02

オーガズムは一瞬なのに、
なぜ私たちはセックスを追いかけるのか。

オーガズム、オナニー、期待、快感。
「気持ちいい」と「欲しい」は、本当に同じなのでしょうか。

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