私たちが欲しいのは、本当にセックスなのか。|なぜ私たちは、こんなにもセックスに振り回されるのか。【第4章/全5章】

opus what do i really want
なぜ私たちは、こんなにもセックスに振り回されるのか。|全5章
CHAPTER 04 / 05

私たちが欲しいのは、本当にセックスなのか。

OPUS · NEWS & VOICE

「セックスしたい」

とても分かりやすい言葉に見える。

けれど、ここまで三章を読んできたなら、この言葉が少し不思議に見えているかもしれない。

身体が快感を欲しがっている。

オーガズムを感じたい。

誰かに触れられたい。

抱きしめられたい。

求められたい。

好きな人と、もっと近くなりたい。

それらは似ている。

でも、同じではない。

もしかすると\*\*「セックスしたい」という言葉は、驚くほど解像度の低い言葉なのではないだろうか。\*\*

オーガズムが欲しいなら、オナニーという方法がある

これは何度考えても面白い。

身体的な快感だけが目的なら、オナニーはとても合理的だ。

相手はいらない。

恋愛も必要ない。

予定を合わせなくてもいい。

誰かに選ばれる必要もない。

それでも人は、オナニーとは別に誰かとのセックスを求めることがある。

では、何が欲しいのだろう。

たとえば、

「人の手で触れられること」

なのかもしれない。

自分で自分に触れることと、誰かの手が自分へ近づいてくること。

身体に起きる刺激だけを見れば似ているところがあっても、経験としては違う。

なぜなら、そこには他者の意思が含まれているからだ。

opus behind i want sex another me
OPUS News & Voice|opus behind i want sex another me

「愛している」と「セックスしたい」は同じではない

ここも、とても繊細なところだ。

人を愛していても、いつもセックスしたいとは限らない。

反対に、恋愛感情とは別のところで性的な欲望を感じることもある。

愛情と性欲は重なることがある。

でも、完全に同じものではない。

だからパートナー同士でも、ときにすれ違う。

一人は、

「セックスがなくても、愛していることは変わらない」

と思っている。

もう一人は、

「愛しているなら、どうして私をセックスの相手として求めてくれないのだろう」

と寂しくなる。

どちらも、その人にとっては本当の気持ちなのだと思う。

問題は愛情の有無だけではない。

セックスに何を託しているかが違う。

一人にとっては、セックスは愛情表現の一つ。

もう一人にとっては、愛情とセックスはそれほど強く結びついていない。

だからセックスレスは、ときに「回数」の問題以上に苦しくなる。

失ったと感じているものが、二人で違うからだ。

「女として見られたい」という気持ちもある

誰かから性的に求められることで、自分の中の何かを確かめる人もいる。

私はまだ誰かを欲しいと思える。

私の身体はまだ反応する。

私は誰かから求められる存在でもある。

こうした気持ちは、とても個人的なものだ。

すべての女性が持つわけではないし、持たなくても何も不足していない。

でも、そう感じる女性がいることも、否定する必要はないと思う。

セックスには、ときに自己確認まで入り込む。

だから身体的には満たされたのに、なぜか寂しいセックスがある。

反対に、オーガズムがなくても「すごく満たされた」と感じる時間がある。

もしセックスの価値がオーガズムの強さだけで決まるなら、これは少し説明しにくい。

opus love and want sex not the same
OPUS News & Voice|opus love and want sex not the same

欲しいのは「日常から離れる時間」かもしれない

セックスには、もう一つの顔がある。

いつもの自分から、ほんの少し離れること。

仕事をしている自分。

家のことを考えている自分。

誰かのために予定を整えている自分。

いろいろな役割を持って生活していると、ときどき「何者でもなく身体だけでいられる時間」が心地よく感じられることがある。

セックスそのものより、その時間だけ日常から離れられることを求めている場合もあるのかもしれない。

だから、

身体の快感。\
他者の体温。\
愛情。\
親密さ。\
承認。\
自己確認。\
非日常。\
解放。

これらは別々なのに、セックスという一つの出来事の中で重なり得る。

そこに、この欲望のややこしさがある。

「セックスしたい」は、答えではなく問いの入口

「どうしてセックスしたいの?」

と聞かれて、きれいに答えられなくてもいいと思う。

身体が求めている日もある。

人肌が恋しい日もある。

好きな人ともっと近くなりたい日もある。

恋愛は求めていないのに、男性との親密な時間が欲しい日だってあるかもしれない。

そして何も欲しくない日もある。

それらを無理に一つの理由へまとめる必要はない。

むしろ、

「私はセックスがしたい」から、もう一歩だけ先へ。

>

「私は、セックスの中の何を欲しがっているのだろう」

そう考えてみると、自分の欲望は少しだけ優しいものに見えてくる。

恥ずかしいものでも、乱れたものでもなく、

自分が何を心地よいと感じ、誰と、どんな距離でいたいのか。

その気持ちを知るための手がかりなのかもしれない。

そして最終章では、もう一度最初の問いへ戻る。

これほどたくさんの意味を持つセックスが、なぜ実際の行為をしていない時間にまで、私たちの心へ入り込んでくるのか。

その長い時間について考えてみたい。

次章|CHAPTER 05 / 05

私たちを振り回しているのは、セックスしていない時間なのかもしれない。

セックスは短い。

でも欲望は、その前にも、その後にも存在する。

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